
「20年間無敗の男の話、聞いたことある?」
僕が“ショーキチ”の話を聞いたのは、そのときが最初だった。
桜井章吉。マジック・ザ・ギャザリングで20年間無敗の男。プロツアーには一度も出たことがなく、DCI非公認の草の根トーナメントや富裕層が遊ぶマンションでのアンティ、そして企業間トラブルを丸く収めるための代打ちで負けなしという噂だ。
マジックが発売されて今年でまだ21年。日本での販売状況を考えると辻褄があわないのではないか。僕が口にした当然の疑問に、友人はまるで自分が手柄を立てたかのように得意気にこう言った。
「ショーキチは当時アメリカに住んでいたのさ。仕事の都合でね。そして、アンティで勝ちまくった。ブラック・ロータス、アンセストラル・リコール、モックス、デュアルランドなんでもござれだ。しかも、たった780万枚しか印刷されなかったベータの未開封ボックスをいまも当時のまま大量に持ってるって話だ。夢のような話だろ?」
宝島の地図を手にした海賊の下品さを見たようで僕は鼻白んだ気分になった。「無敗ってそういうことかよ。そんだけ資産があったらさぞ楽しいだろうよ」ってな感じで。
しかし友人の話には続きがあった。
「《ミドルアース》ってエキスパンションの話は知ってるか?」
初耳だった。僕のマジック歴は3年。昔の出来事に詳しいわけではない。しかし、古えの時代のエキスパンションは憧れをもって眺めていたし、口の中で繰り返し唱え続けてもきた。九九や徳川十五代将軍を覚えるのと一緒だ。アルファベータアンリミテッドリバイズド……というのはマジックプレーヤーにとってのマントラだ。だから当然、そんな公式エキスパンションが存在しないことはわかる。でもそれはなんだ?
「そう、公式じゃないのさ。ミドルアースってのは、サードパーティによる海賊エキスパンションだ」
問題は、それが大売れに売れたことだったらしい。マジックプレーヤーは、新しい刺激を求めて、まだ見たことのない強力カードが収録されたミドルアースを買い求めた。『指輪物語』や『D&D』のユーザーのなかには、むしろこのエキスパンションをきっかけにルールを覚えたという人も多かったらしい。
「おもしろくないのは、開発元のウィザーズ社さ。遊びで作っている同人ゲームとはわけが違う。企業の利益がかかってるからね。しかし訴訟を起こそうにも、相手の正体がつかめない。しっぽをつかまえたと思ってもぬるぬると逃げられる。そこで……」
まるで見てきたような事を言う友人の得意気な顔にも次第に腹が立たなくなってきた。僕は、話の続きが気になっていた。それで一体、どうなったんだ?
「マジックのエキスパンションをリリースする正式な権利をアンティの餌にして、一騎打ちのマジック勝負を申し込んだのさ。四つ辻に立てる果たし状のようなもんだな。そして見事、餌に釣られたミドルアース側の代理人が公に顔を出した。そのときにマジック側の代打ちとして選ばれたのが、当時シアトルにいたジャパニーズサラリーマン・桜井章吉なんだよ」
迫真のドヤ顔で歴史の証人ぶる友人に「おまえはそれをどこで聞いてきたのか」と聞くとMTG Wikiだというので僕は危うくイスから転げ落ちてデッキを床にぶちまけてしまうところだった。そんな話があるかよ、嘘つけって。
「まあ最後まで聞けよ。そのときのショーキチがすごかったらしいんだ。一戦目で自分のハンドが相手方のスパイによって筒抜けになっていることがわかると、二戦目は先手で6回マリガンしてハンドが島1枚の状態からスタート。そのあとドローしたカードは伏せるか即プレイ。トップデッキだけで相手をさばいて勝ったんだ。これじゃ相手もスパイしようがない。そして三戦目も同様の展開になった。ショーキチがドローすると、一枚刺しのカードがなぜかあまりにもタイミングよく相手に刺さる。そしてショーキチは、まだ中盤だというのに席を立ってウィザーズの社員に続きをやらせて帰途についた。おれの仕事は終わったと言わんばかりに。そして、侮辱された相手がイカサマだ! と叫んでショーキチのデッキをひっくり返したら、なんと驚くべきことにその後の展開も全て読み切った順番でライブラリーにカードが積み込まれていたんだって」
それはつまり……といった僕の言葉にかぶせて友人は勢い込んで言った。
「シャッフルが完了した時点で勝負はついていたってことさ。そしてショーキチはギャラも受け取らずに帰ったらしい。やつはマジックの神だ。いや……プレインズウォーカーか?」
で、そいつは今なにしてんの? と聞くと、去年引退して日本に帰ってきたらしいとかなんとか曖昧なことを聞いた。
そんなのは単なる噂話だし、所詮はイカサマ。僕はそう結論づけて、おしゃべりに夢中でプレイングがおろそかになった友人とのマッチを難なくひろって3-0し、「払拭の光」のFNMプロモを手に入れて家に帰った。
しかし、それは、噂でも幻でもなかった。
僕はほどなくして、伝説のショーキチと出会うことになる。
(もしかすると続く)
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