2014-09-21-13-39-28

たとえば「麻雀って運ゲーじゃないんだな」と気付くのは脱初心者の第一歩ですし、「将棋も意外と運ゲーだな」というのはその道を極めつつあるトッププロがたまに口にする言葉です。将棋のような二人零和有限確定完全情報ゲームでも、制限時間に追われて秒読みに入ったりすると、理屈を超えた“指運”なるものを口にする境地があるようです。

では我らがマジックはどうでしょうか?

昔も今も飽きることなく両陣営のラリーの応酬が続いていますが、そこから少しでも前進し、賢くなっていくためのヒントを探していきましょう!

土地事故はmtgの数少ない欠点だと思うが、多くのプレイヤーが土地事故がなかったら別のゲームだと思っているのには驚いた。

あなたたちは14ゲームして15回マリガンみたいな運の悪い経験をしてないからそういうことが言えるんだよ。相手が事故って勝ちを拾えてるからそう思えるんだよ。

持って生まれた運が最悪な人間からしたら、土地事故だけでなく運要素でゲーム開始前から差がつくというのは欠点。

運の要素に高い魅力を感じているなら、トーナメントで勝ったとしても運によるところが大きいわけで、上位の誰も受け取った賞品には値しないと思う(たまたま運がよく生まれついたから勝てて、賞品を得たというだけ。ふさわしくはない)


ジェスカイはカスです - あのはなに匹敵する作品を求め、今日もF木はアニメを見る
http://not2equal.diarynote.jp/201409210049391182/


意外かも知れませんが、たとえば全盛期(05年)津村プロの最高のパフォーマンス時期でも、勝率は6割ちょっと。(中略)

無論、世界最高峰のトーナメントでの安定した勝ち越しはそれだけで素晴らしいのですが、あの破竹とも言える成績からすると、ちょっと意外なのではないでしょうか。

まあだからどうだと大上段に何かある訳じゃないですが、ただ無反省に「運が悪いから」に走ってるひとは、もう少しだけ「長く」ゲームをやってみてはどうかなーと思う訳です。


MTGの運と実力についてちょっとだけ(初稿) - 放蕩記。
http://maturiyaitto.diarynote.jp/201206272154369443/


結局、運や確率の要素が絡むゲームにおいては、

・期待値的に勝率が最大になる行動をしても、総合勝率が+にならない個人
・その逆で、期待値以上の勝率を理由なく保てる個人

ゲーム人口の中に、そういう性質の個人が、常に一定の割合で存在する、というのだ。その学説は、

「運の要素が関わるゲームであっても、試行を重ねれば勝率は実力を反映したものに近づいていく」

という主張に対し、

「人間の趣味やギャンブルに費やせる時間は限られている。短い人生の中では、実力が勝率に正確に反映されるほど十分な回数のゲームを、人間はプレーできない。よって、実力が拮抗している人同士で何回戦っても、結果は偏ったものとなるし、逆に数回の世界大会優勝を以ってしても、その人が真に優秀なプレイヤーであると結論付けることもできない」

という論理で反駁していた。


MTGの、運と実力に関するジレンマ - mtg magic online drafter の日記
http://mtgboosterdraft.diarynote.jp/201306030002133180/







ではここで「運ゲー」という言葉をめぐる議論をより深く考えるために、マジックの外側から理論を輸入してみましょう。

どんなゲームにも運は絡みます。ゲームを運ゲーにしないためには、運により発生しうる状況に介入できるシステムや要素があれば良いわけです。そうすることで、運を「ゲームを構成する運」として捉えることが出来るようになります。これをBuilt-in luckと呼びます。Built-in luckは次のように分けられます。

■内因的要素
内因的要素とはゲームシステムに、プレーヤーが運によって起こる事象に介入できる要素がある事を言います。例えば麻雀では、配牌やツモによる不利は、安全牌を持っていたり捨て牌を絞ることである程度抗うことが出来ます。(中略)

■外因的要素
外因的要素とは、ゲームシステム以外、特にプレーヤー自身によるものを言います。具体的には①言動による揺さ振り、ハッタリ、三味線 ②相手プレーヤーや道具の観察 ③統計 などが挙げられます。


ゲームにおける「運」の要素と「運ゲー」の違い
http://yasaibowl.com/blog/566


マジックのなかには、さまざまな運用素があります。続唱のめくれ方、発掘後の墓地の落ち方、コマ不在時になぜか決まりまくるナチュラル相殺、などなど。
しかし、オープニングハンドはそれらとは違って、プレーヤーに介入の余地があるBuilt-in luckといえそうです。

では、プレイヤーたちはどうやってそのBuilt-in luckに抗うのでしょうか。

運ゲーの最たるものは、土地事故関連かなと思いますが、マリガン一つにしてもいろいろ思考の過程があって決断しますよね。

個人的に、ああマジックを運ゲーで片付けちゃダメだなと印象に残ってる記事があります。2011年世界選手権の準々決勝、彌永選手とJoshUtterLeyton選手の日本語公式カバレッジです。

記事の最後に、彌永選手のマリガンに関する思考過程があります。
土地の枚数だけでなく、自分のデッキと相手のデッキの構成等、様々な判断基準があったことがよくわかります。


MTGの、運と実力に関するジレンマ - mtg magic online drafter の日記
http://mtgboosterdraft.diarynote.jp/201306030002133180/


そして大事なこの一戦で彌永がオープンしたハンドは、筆者にはかなり重く土地が詰まるのではと思われる手札だった。

《金屑の嵐》《ヴィリジアンの堕落者》《真面目な身代わり》《業火のタイタン》《業火のタイタン》に、土地は《根縛りの岩山》《銅線の地溝》。

土地を2枚引けばその先は圧勝だろうが、詰まったままもじもじする未来を想像して「彌永は熟慮の末、マリガンした。」と手元に書き添えていた。

現実には彌永はこの手札に関して自信を持ってキープしていた。彌永の脳内では《真面目な身代わり》をプレイするまでに起きうるシーンが想定済みであり、プランに則ってキープを宣言した。


準々決勝: 彌永 淳也(東京) vs. Josh Utter-Leyton(アメリカ) By Takeshi Miyasaka
http://coverage.mtg-jp.com/worlds11/article/002578/




プロがこういうことをさらりと言うときでも、その背後にはいろんな展開のイメージがあって、そこから選び抜いた答えだという自信があるんでしょうねえ。

よし俺は道に落ちているゴミでもひろって地運でもあげようかな(←ぜんぜんわかってない人)。